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会話の楽しみ

宇梶達也

子どもたちが、自分の感じたこと、嬉しかったことや不思議だったこと、目をキラキラさせて伝えてくれるときがあります。少ない語彙をくしして、一生懸命伝えてくるとき、とても嬉しくなります。お家での出来事、幼稚園で前にした遊び、なにげない生活の一こまを何度も何度も、伝えてくれるのです。まだ数年しか生きていない、その経験の短さは、いろんなことを驚きや喜びに感じるようです。
 幼稚園は、同じくらいの年齢の子どもたちがたくさんいるところですが、入園してすぐ友だちと、大人が思うようなの意味での会話は、見られません。その場に安心し、動きだし、自分の遊びに熱中し、そして、遊具の向こうにいる友だちに気づき、一緒に遊ぶ楽しさを知り…、という感じで育っていきます。その流れの中ででも、戻ったり進んだりと、螺旋を描きながら進んでいくようです。そのなかで、人と話をする楽しさもあじわっていくのだと思います。
 人になにかを伝えたり、話をするようになって、まだ、数年しかたっていない子どもたちです。言葉の使い方など、おかしなところもありますが、それを訂正して正しい言い方を学ばせることよりも、伝えてくれて嬉しいという気持ちや「そんなに印象的だったのか」という気持ちが大きくて、僕は、相槌を打つだけになってしまいます。でも、それだけで良いように思います。もし正しい言い方を覚えた方がいいなという時でも、「その言い方は、間違ってる」などいわず、正しい言い方で「○○が△△だったのか…」と復唱してさりげなく返してあげるだけにしています。すると子どもは、「そう。○○が△△だった」と、言い直します。なによりも、不思議や驚きのなかにいること、それを感じ、誰かに伝えたいと思うことが、素敵なことだと思うのです。この時期、すこやかに、育って欲しいと思います。大切にしていきたいです。