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子ども側から

宇梶達也

「子どもの目線で」とか「子ども中心」など、よく聞かれる言葉かと思いますが、それは単に子どものやりたいことをやらせるということではなく、子どもの気持ちを知ろうと近づき、そこから保育を考えることだと思います。

少し前に聞いた話を紹介します。お友だちの髪の毛をひっぱる子どもがいました。何度、先生が注意しても、また、友だちの髪の毛をひっぱります。叱っても、叱っても、また、同じことをします。保育者は途方に暮れ、その子のことがわからなくなります。「痛いという人の気持ちがわからないのか」とか、いろいろ考えたりしますが、人の気持ちが分からないのは、こういう場合、保育者の方ということがあります。「髪の毛をひっぱるのは、いけないこと。だからいけません」は、大人の一般的な考え。でもその子は「髪の毛をひっぱると、先生が飛んできて、僕の前にきてくれる。いつも僕をみてくれないけど、友だちの髪の毛をひっぱると飛んできてくれる」と思っていたのです。「叱っているのに」というこちらのほうからだけ、考えているとまったく気がつかないことですが、「やめない」という子どもの行動から考えれば、子どものことが見えてくると思います。髪をひっぱることをやめさせるには、日頃のその子への、その子にわかる形の目の向け方が必要だったのです。それをわからずに、「叱る」ということだけで、やめさせようとしていたら、その子の行動するエネルギーを奪うくらいのエスカレートした叱り方になっていくだけです。

子どもの方から考える…これは「思いやり」だと思います。こんな大人の思いやりを実感として重ねていくことが、子どもたちの「思いやり」の芽生えにもつながっていくのだと思います。子どもの目線、子ども中心…とても簡単にわかることでは、ないと思いますが、いつも意識していたいことです。