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なみだちゃんの音楽会

宇梶達也

お弁当の時間が終わって、私はピアノを弾いて遊んでいました。すると女の子の泣き声。目を向けると、なみだちゃんが歩いています。いつになく声を上げた泣き方で。彼女が背を向けた所を見ると、2〜3人の子ども達。なみだちゃんは、保育室をゆっくり回るように歩き、ピアノの側まできました。泣き止まない声から、よほど悲しいことが、あったのだろうと想像されます。

「なみだちゃん。ピアニカ持っておいでよ。先生、ピアノ弾くから」 彼女は、小さく頷き、ピアニカを持ってきました。私は、数曲、伴奏を弾きましたが、彼女の、いつもの力強いピアニカの音色は聴こえません。私は、『なるだろ なるだろ』という曲を、替え歌で、ピアノにあわせて歌いました。

「♪ なるだろ なるだろ なみだちゃん やがて げんきに なるだろう ニコニコ顔に なるだろう♪」

「なにしてるの?先生」通りかかったひとみちゃんは、私にそう尋ねました。「なみだちゃんが、元気になるように、歌をうたっているんだよ」 うつむいている、なみだちゃんに気づいたひとみちゃん。「私も歌う」 ふたりで、歌うことになりました。
「♪ なるだろ なるだろ〜♪」でも、なみだちゃんは、俯いたままです。ひとみちゃんは、側にいた女の子に、「いっしょに、うたって」と言いました。今度は三人で。
「♪ なるだろ なるだろ〜♪」まだ、なみだちゃんは、俯いたまま。ひとみちゃんは、また一人連れてきました。今度は四人で。
「♪ なるだろ なるだろ〜♪」 でも、まだ、なみだちゃんは、顔をあげません。ひとみちゃんは、また数人連れてきました。私は、子ども達に、タンバリンとカスタネットを渡しました。再び演奏。
「♪ なるだろ なるだろ〜♪」。とても、楽しい合唱になってきました。でも、なみだちゃんは、俯いたままです。
「もっと大勢で歌おう。男達も連れてくる!」ひとみちゃん達は、保育室に散らばりました。「なんで、歌わなくちゃいけないんだよー」「うん。いいよ」「○○ちゃん。やさしい!」「△△ちゃん達も歌ってくれるかもしれない!」中学生のような会話が聴こえてきます。でも『男達』は、みんな忙しかったようで、誰もきてくれません。でも、ひとみちゃん達は、あきらめません。「ひよこぐみにいってくる!」と飛び出して行きました。 まだ俯いたままのなみだちゃんに、私は顔を寄せて尋ねました。「みんなが、歌を歌ってくれるの、はずかしくて、いや?」 なみだちゃんは、小さな声でこう答えました。「みんなが、うたってくれるの、うれしい」それを聞いてほっとした私は、「こんな時こそ、ありがとうって言わなきゃ」と言いました。でも、なみだちゃんは、俯いたままでした。さくら組に引率されて、ひよこ組さん達が入ってきました。ゆき先生もあとからついてきました。「私達、歌うから、ひよこぐみは、好きなように踊って!」「輪になろうよ。輪になろうよ」 大変なことになってきました。とにかく大合唱が、始まりました。もちろん、ひよこ組さんは、訳がわからず呆然としていました。でも、とても楽しい合唱でした。

 歌が終わったとき、なみだちゃんの体が少し動きました。私は、なみだちゃんの体を抱き起こしました。なみだちゃんは、照れ笑いを堪えきれずに、声を出して笑い始めました。 「なみだちゃんが、笑った!」 みんなの嬉しそうな顔は、言うまでもありません。ひとみちゃん達のパワーが生み出した音楽会は、なみだちゃんのまわりに温かい風を起して終わりました。

 

ここまでは、今の子ども達の様子から、私には、ある程度予測できていた範囲のことでした。と言っても、さくら組の子ども達のこのような力に、気づき始めたのは、2学期になってからのことです。プレイバルーンの活動から、最近では、日頃の遊びの中で見られる音楽会や友達との様々な造形活動の中で。彼らは、自分達の力で物事を作り上げることの楽しさを、味わっているように思えます。まだ充分ではありませんが、友達をいたわること、集団で何かをつくりあげる力、友達と喜びを分かち合うこと、これらは、教えて分かることでなく、まして短い時間で育つものでもありません。入園から今に至る長い時間をかけて、彼らが彼らの力で育てたものだと思います。私達は、彼らが伸びて行くのを妨げなかっただけ。

 

信じられないようなこの美しい話は、このままでは、終わりませんでした。しばらく、なみだちゃんは、私におんぶされたり、抱っこされたりしていました。 「さぁ、先生は、もうバスを出す時間だ」そう言って、なみだちゃんの両手を、近くにいたひとみちゃんの両肩にあずけると、なみだちゃんは、そのままの格好で。

「…ありがとう」

一瞬、私とひとみちゃんは、その言葉に、顔を見合わせてしまいました。ひとみちゃんの笑顔と一緒に私は、不覚にも、こみ上げてくるものを感じました。「ちょっと待って。他にもいる」ひとみちゃんは、合唱のメンバーを連れてきます。するとなみだちゃんは、再び小さな声で…。連れてこられた彼女は、何を言っているのか聞き取れず耳を向けて、大きな声で、「えっ」と聞き返します。なみだちゃんは、また小さな声で「ありがとう」。びっくりした彼女は、正面を向き直し、改まって、「いいえ、どういたしまして」。 そのあと、ひとみちゃんに連れられて、なみだちゃんの御礼参りは、続きました。

 子ども達が、帰った保育室で、ごみに混ざった手紙を見つけました。なみだちゃんを悲しませた子どもの、なみだちゃんへの手紙でした。少し照れがある、ごめんなさいの文章でした。その下に、丁寧に書かれた女の子の絵がありました。