
宇梶達也
幼稚園には、力の強い子もいれば、おとなしい子もいる。勢いのある子もいれば、控えめな子もいる。みんなが勢いのある力の強い子になる必要はない。それぞれなのだ。当初、当然のように、勢いのある子にひっぱられるように遊びが始まる。時に、控えめな子は、自分の思いが出せずに悲しい思いもするかもしれない。しかし、やがてこの差が縮まってくる。「差が縮まる」というのは、適切な言い方ではないが、それぞれを認めあってくるといえばいいだろうか。
先日、こんな場面があった。ある勢いのある男の子と、女の子が、言い合いをしていた。「○○だよ」と男の子。「△△だよ。」と女の子。しばらく続いた。男の子が近くにいた控えめな男の子に「○○だよな」と同意を求めた。以前なら、「うん、○○」とただ従っていただけだと思うが、その子は、「うーん、わからない」と自分の意見を正直にいった。そこで以前なら、勢いのある子が「○○だよ!」とポカッとなぐったかもしれないが、トーンをさげて悔しそうに小さく「○○だよ」と言っただけだった。
僕は嬉しかった。正直に自分の意見を、勢いのある子に言えるようになったあの子の育ち。そして、友達に自分の意見を言わせる雰囲気をもった勢いのある子の育ち。目を凝らさないと気が付かないようなこの育ちこそが、幼稚園という場で大事にされなければならない育ちなんだと強く僕は思う。遊んで、ぶつかって、戦って。仲良くなって、認めあう。子ども達が身につけていく本当の力。